一徹 喜多織物工場の2

【古い】
喜多織物工場には8台の織機がある。最新型の高速織機は1台もない。導入する金が惜しいのではない。高速織機なら生産性が数倍に跳ね上がることも知っている。

ところが。

「この、古い織機じゃなきゃあ織れないんだよ、私の紗織り、絽織りは」

どんなものでも、ゆっくりとこすり合わせればたいした変化は起きないが、こすり合わせる速度が上がると熱を持ち、傷が付く。何度も糸同士がこすれ合うもじり織りでは、高速織機では糸が切れやすくなるのはたやすく分かる。切れなくても、糸に傷がついて毛羽が立つ。どちらも生地の傷につながる。

その上、高速織機は織り上がった生地を高速で巻き取っていくから経糸に強いテンションがかかる。通した緯糸を櫛の歯のような筬(おさ)で締める「打ち込み」にも強い力がかかる。

「それで、高速織機を使うと仕上がった生地が固くなっちゃって風合いが損なわれるんだな」

新しいものが全ての面で優れているとは限らないのだ。

喜多織物工場が「最新型」でないのは織機だけではない。
「紗織り」の解説に引用した工業高校用の教科書は昭和30年(1955年)に出版されたものだ。その教科書では、もじり織りには「もじり綜絖」を使うと書いている。だから解説にもそう書いた。
ところが喜多織物工場に関する限り、この解説は誤りである。喜多さんは、もじり綜絖は使わない。
いや、一度は、

「最新式」

の言葉に惹かれて購入し、工場の織機にセットして使ったことがある。だが、

「これは使えないわ」

とやめてしまった。やめて、古い伝統的な手法に戻った。

金属で出来た「もじり綜絖」は厚みがある。それを綜絖に取り付けるから、経糸同士の間隔が広がってしまう。織り上がってみれば密度が薄い、等級が下がる紗織り、絽織りにならざるをえない。喜多さんは、それを嫌った。

代わりに使うのはふるいの糸、ふるいの板、ふるいの棒の3点セットである。「もじり綜絖」が世に出るまで使い続けられた伝統的な手法だ。金属の代わりに糸を使うから経糸の間隔を極限まで縮めて密度の濃い紗織り、絽織りを仕上げることができる。

織機と手法。二つの「古さ」が最高級の紗織り、絽織りを産み出す。

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