その17 多色のリブ編み

レールさんの事務所から2度目の依頼があったのは、それから4、5年後だった。事務所を訪ねた2人に、レールさんはいった。

「多色でリブ編みの服地が欲しい」

いまでこそリブ編みは、松井ニット技研のお家芸である。毎年新しいデザインが出てくる毛混マフラーは、多色の組み合わせが生み出す独特のハーモニーと、やさしい肌触りのリブ編みが多くのファンを生み出している。

しかし、この時の松井ニット技研には、まだリブ編みに力を入れてはいなかった。リブ編みは普通の編み物に比べて手数がかかる。だから、発注先の求めに応じて無地のリブ編みは作っていたが、多色は手がけていない。

正直に打ち明けた。

「多色にすると色ごとに編み針の配置を変えねばなりません。針は鉛で固定しますが、耐久性に問題があり、不良品がたくさん出る恐れがあるのでまだ手がけていません」

レールさんの表情が変わった。

「いや、前回伺ったラッセル機の機構からいくと、この部分にこんな工夫をしたら出来るでしょう」

おそらくレールさんはラッセル機など見たこともないはずだ。だが、ずいぶん前に智司社長が説明した機構がすべて頭に入っており、新しい編み方の提案までする。レールさんは素晴らしい頭脳の持ち主だった。

レールさんの求めるリブ織りの服地には、条件があった。使うのはウールとシルク。細い糸に強く撚りをかける。もちろん、レールさんが指定した色を使う。レールさんが示したのはそれぞれ10色前後を使った4種類の生地だった。

「会社に戻って工場の職人たちと話し合い、とにかく編み始めました」

まず困ったのは色だった。茶色である。馴染みの染め屋さんに色を作って染めてもらうのだが、近い色は出るが同じ色がどうしても出ない。

「というわけで、どうしてもこの茶色が出ないんです」

と説明すると、意外な答えが返ってきた。

「いいよ。あなたが持って来たこの色、秋の枯葉の臭いがする。気に入りました」

突き返されるかと思っていた智司社長は感心した。

「この人は判断に幅がある。こんなデザイナーには会ったことがない」

次の障害は編み上がりから出てきた。傷が多いのである。使っているのは強く撚った糸である。編み上がると撚りが戻ろうとし、それが傷になるのだ。傷が出来れば手作業で修復するしかない。

「社内の女性軍から、こんな注文は2度と取ってくれるな、散々叱られました」

こうして生み出した生地もヒットして松井ニット技研の業績を助けたのはいうまでもない。

レールさんと仕事をしたのは、この2度だけである。せっかく生み出した多色のリブ編みも、その後はぷっつりとやめた。ほかにそんな注文はなかったし、女性軍の抗議もあったからだ。

それから4半世紀ほどあと、智司社長は再び多色のリブ編みに挑戦することになる。ニューヨークのA近代美術館のために取り組んだのだ。

「女性軍の抗議もありましたので、あの時は編み機を独自にカスタマイズして編み傷が出ないように変えました」

レールさんは多色によるデザインの楽しさを教えてくれた。計算されつくした多色のリブ織りの可能性を知らせてくれたのもレールさんである。

智司社長は目の前に飛んできた運をしっかりつかみ取りながらその時は気がつかず、後になって握りしめていた運を活かして独自のマフラーを作り上げたのだ。

写真:これもヨーガン・レールさんの求めで編んだストール。

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