「星」にかける 高橋デザインルームの2

【手織色留袖】
その注文が、高橋デザインルームの高橋宏さんに舞い込んだのは1980年前後だったと記憶する。

「何でも、屏風の絵を留袖にするんだそうだ。あんた、星紙(意匠紙)をやってくれんかね」

話を持ち込んだのは意匠屋仲間である。反物(和服の生地)の意匠を得意としている人だった。高橋さんは洋服地などになる広幅専門で、幅が狭い反物はやったことがない。留袖にするのなら反物だろう。それを、なぜわざわざ私に? 自分で引き受ければいいじゃないか。だが、高橋さんは交渉ごとが得意ではない。あれこれ言ってはみたが押し切られた。

紅花屏風の一部

詳しい話を聞いて驚いた。留袖の紋様にするのは幕末の狩野派の画家、青山永耕の作「紅花屏風」で、山形県の有形文化財に指定されている。最上紅花は江戸時代の山形県の特産で、屏風絵は紅花の生産から流通までの過程を描いたものだ。それをもとに京都の図案家が図案に起こし、米沢市に伝わる高級織物「無双絵羽織」の唯一の伝承者・戸屋優さんがジャカード織機も使いながら手織りするのだという。そんな超一流の技の持ち主が力を合わせる事業に私が参画する?
身が引き締まった。

前回書いたように、織物の柄は同じものを繰り返すことがほとんどだ。だが、元が屏風絵だから繰り返しは1回もない。

「これは大変なことになった」

と思う。それに、日頃注文を出してくれる機屋さんの仕事もこなさねばならない。勢い、屏風絵の意匠紙づくりは日常的な仕事を終えた夜になる。まだ意匠の世界にコンピューターが入る前である。受け取った図案を投影機で意匠紙の上に拡大投写し、1マスずつ写し取っていく……。

「人が40人ほどいる細かな図案でね。ええ、休みも何もあったものじゃない。ほとんど徹夜続きで」

高橋さんが作った意匠図の一部

1着分の意匠紙を仕上げるのに1年かかった。高橋さんの意匠紙を元につくられた紋紙は6万6000枚に上った。1枚ずつ積み上げれば約4.5mの高さになる。しかも、高橋さんが引き受けたのは2着分。紋紙を積み上げれば3階建ての住宅の屋根の高さだ

戸屋さんは3年がかりで織り上げた。1985年9月、東京・銀座のギャラリーで織り上がった留袖の展示会が開かれた。高橋さんが招待されたのは言うまでもない。

「あの留袖は売るつもりはないということでしたが、買うとしたらいくらするんでしょうね。1000万円? 2000万円? 私には分かりませんが」

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