枠を越える 平賢の2

下請けから脱するため、平賢の捺染技術をブランド化したい。これまで、どれほど美しい鯉のぼりを染めようと、生きのいい祭半天を送り出そうと、どこにも「平賢」の名は出て来なかった。捺染屋・平賢は陰の存在だった。「平賢」を表通りに出す。ドラえもんは絶好の機会じゃないか?

中に入る説明書には「この桐生てぬぐいは、平賢さんが1958年の創業以来、鯉のぼりや武者絵のぼり、お祭り半纏など独自に培ってきた手捺染技術を用いて職人さんが一枚一枚丁寧に染色し製作されました」とある。

小山さんの意気込みが客を圧倒したのかどうかはわからない。が、この2つの条件が通った。手ぬぐいに平賢の社名は入れないが、手ぬぐいを入れる化粧箱に平賢が染めたことを明示する刷り物を入れる。そして、一定数を平賢で販売してもかまわない。

ドラえもんは流石にビッグキャラクターである。話がまとまるまで、1年ほどの時間がかかった。あのAmazonも販売陣営に加わり、1000枚限定で売り出さすとあっという間に売り切れた。

【転機】
いま思い返すと、あのギフトショーが転機になった、と小山さんは思う。ドラえもん手ぬぐいで「平賢」の名を世に出すことが出来た。アウトドア商品の会社から話が舞い込んだのはその年の秋である。そして、平賢は価格決定権を手に入れた。脱下請け。喉から手が出るほど欲しかったものが、ギフトショーを契機に手に入った。

同じ2020年秋、

「工事現場で使ういろんなものを染めてもらいたい」

といってきたのは「渋熊会」だった。ゼネコンが渋谷で施工中の商業施設建設工事の下請けに入っている会社の連合組織である。桐生出身のトップが帰省してとあるスナックで飲んでいて、

「面白いことをやっている染め屋さんがある」

と耳にし、翌日平賢を訪ねて来た。平賢の染め物を見てすっかり気に入ったらしく、工事現場で使う垂れ幕や横断幕だけでなく、作業する人達のマスクからヘルメットに貼るシールまで、注文は多彩だった。
しばらくすると、同じゼネコン系列のほかの現場からも

「うちにも作ってくれ」

という注文が入り始めた。雪だるま式の成長である。

2021年6月には、東京のアパレルメーカーから、手ぬぐいの注文が入った。8人のデザイナーに2つずつデザインさせ、どちらかを選んで8種類の手ぬぐいを作る。その染めを平賢でやって欲しい。

「どちらで当社のことをお知りになりました?」

と小山さんは聞いてみた。

「実は、『MYSTERY RANCH』の手ぬぐいが素晴らしい仕上がりで、図々しかったかも知れませんが、あの会社に教えていただきました」

1つの仕事が、ほかの仕事を連れて来る。これを好循環という。

平賢は上り坂にいる。澄み切った五月の空を自在に泳ぐ鯉昇りの勇姿に平賢が重なる日も目に見えるようだ。

写真:平賢の職人さんたち。中央は小山さん。

1件のコメント

  1. すごく楽しい記事です!色々読んでみたいです。桐生の人が、あぁ染め屋さんね、で流してしまうところを深く掘り下げていくと、こんな面白い物語があるんだ!って感激しました。てっぺいさんの頑張りが良くわかりました。彼が入ってから平賢さんの躍進は凄いと思います。他の物も読みまーす!

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です