180台の特殊ミシン シャオレの3

しばらく考えた裕見子さんはこんな話をした。

「この人、優しいのよねえ。困ってる人がいて、自分が何とかしてやれるかも知れないと思うと放っとけないの。だから、メーカーさんが『ほかでは出来ないって言われたんだが』とやって来ると、あ、この人、困ってるな、何とかしてやりたいな、と思っちゃうみたいなのね」

しかし、何とかしてやりたいと思っても出来ないことがこの世には五万とある。

「それに、徹底的に先のことを考えるのね。例えば旅行に行くとするでしょ。すると、乗る電車から泊まる宿、訪ねる先、食事する場所、とにかくプランを全部作っちゃう」

だから、あのミシンをこういう風に調整して、しかしパーツが合わないから、あれをこう削り出して穴を空けて……。ほかでは出来ないという仕事を頼まれると、これまで培ってきた「機械職人」の技が櫻井さんの頭の中で動き出し、ネットワークが出来上がり、やがて刺繍の筋道が見え始めるのだろう。
櫻井さんの

「何とかなるかも知れない」

は、

「出来る」

とほぼ同義語になるのはそのためだろう。

「そいういえば、引き受けて、どうやっても出来なかったというのは、これまで1つだけだったな」

そんな櫻井さんが、新しい刺繍を求めるアパレルメーカーの救いの神になるのは決して不思議ではない。

ウーリーナイロン210番を持つ櫻井さん

取材を終わろうとした頃、櫻井さんが

「これ、知ってる?」

と糸巻きを取り出した。聞くと、ウーリーナイロン210番が巻かれているという。

「この糸、伸びるんだ。伸びる糸は刺繍ミシンでは使えないんだが、伸縮性のある生地に刺繍をするときは生地と一緒に伸び縮みする刺繍糸を使いたいよね。だから、何とか使えないかな、といま考えてるんだ」

櫻井さんの

「何とかなるかも知れない」

が出た。伸び縮みする糸で刺繍をする方法は、櫻井さんの頭の中ではすでに80%は完成しているのかも知れない。

写真:おびただしいミシン群れの前で櫻井さん夫妻

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