趣味? からくり人形師佐藤貞巳さん   第2回 人形が布を織る

いまの織物はほとんどが自動化された織機で織り上げられている。コンピューターで制御された自動織機はデータさえ入れてやれば、あとはほとんど人手がかからない。よほど特殊な目的でもない限り、人が織機の前に座って1本1本緯糸(よこいと)を送りながら織り上げることはない。

だから、コンピューター制御された織機のミニチュア版を作り、最近急速に進歩しているロボットと同期させれば、ロボット人形が自動的に布を織るのはそれほど難しいことではないだろう。

だが、からくり人形はコンピューターを使わない。使う材料は木、竹、ゴムなど近代の技術進歩とは無縁のものばかり。近代産業の面影がわずかに残るのはバネやねじ程度である。佐藤さんはそれだけの材料で、機を織るからくり人形を作り上げた。

白瀧姫のからくり人形を頼まれたとき、

「まあ、人形が機を織っているように見えればいいさ」

と最初は気軽に引き受けた。それだけなら、佐藤さんの手にかかれば簡単なことだ。

話は途中だが、少し回り道をする。これからの話をよりよく理解していただくため、織機の構造を頭に入れて欲しいのである。

布を織るには、ピンと張った経糸(たていと)の間に緯糸を通す。昔から人間はそうやって布を織ってきた。太古は経糸に重りをつけてぶら下げ、それを縫うようにして緯糸を通していた。

これはかなり面倒な作業である。何とか簡単に緯糸を通す方法はないものか。多分、多くの試行錯誤があったのだろう。その成果として定着したのが織機だった。

まず、経糸を隣同士が重なったり縺れたりしないように横棒に綺麗に巻く。その経糸を1本ずつ、中央付近に穴を空けた棒を横にたくさん並べた綜絖(そうこう)に通してもう1本の横棒に巻き付ける。最も簡単な織機には綜絖が2つ重なるように設置され、通常、経糸を1本おきにそれぞれの綜絖の穴に通す。こうすれば足を使って2つの綜絖を交互に上げたり下げたりすることで上糸と下糸が分かれ、緯糸を通す隙間が出来る。

(筬の仕組み)

その隙間に杼(ひ=シャトルともいう)を使って緯糸を通す。通った緯糸は薄く削った竹(金属もある)を櫛の歯のように並べて枠をつけた筬(おさ)でトントンと手前に詰める。どちらも手でする作業だ。

以上が織機のおおざっぱな構造である。図が見たければ、こちらを参照していただきたい。

ということをご理解いただいた上で、話を元に戻す。

佐藤さんはまず、白瀧姫から製作を始めた。

佐藤さんがからくり人形を作っている事を知る地元の人たちは、古い蔵や倉庫,納戸などを整理したときに、

「これは」

と思えるものが見つかると

「佐藤さん、これ、何かに使えないかね」

と持ってきてくれる。そんなことが重なって、佐藤さん宅の一部はまるでガラクタ置き場だ。

そこに、1体の日本人形があった。なんとも気品のある顔立ちで、ずっと気になっていた。佐藤さんはまずこの人形を取り出した。背の高さと手足の長さのバランスが実にいい。織機の前に座って機を織る白瀧姫にうってつけである。

ただ、着ているものとヘアスタイルが違った。着ているのは普通の着物。そんなものは白瀧姫が桐生にやってきたという時代にはない。また髪は高島田である。当時の女性は髪を長く伸ばして後ろで束ねていたのではなかったか?

改造を始めた。申し訳ないが着ている和服をすべて脱がせてヌードにした。着せたのは山形の紅花で朱に染めた袴と十二単衣である。どちらも、趣味の俳句の会の仲間が、お孫さんが七五三に着た晴着をばらして作ってくれた。

髪の毛は人形用の直毛を人形店で買ってきて布に1本1本「植毛」し、それを高島田に結い上げられた髪を取り去った人形に糊付けした。

これで、白瀧姫の顔は出来た。

(着飾って機を織る白瀧姫)

佐藤さんが改造を始めたのは、日本舞踊を踊る人形だ。優雅に舞う手つきでは筬を掴ませることが出来ない。

佐藤さんは鋸、鉋、彫刻刀、やすりを取り出し、手元にあった檜の切れ端を削り始めた。手を作るのである。袴の下から足が見えることがある。これも立った人形の足は使えないので削り出した。

鋸と鉋でおおざっぱな形を作り、彫刻刀で削り、やすりで仕上げる。いつものように夜を徹しての作業だった。

できた。

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