街の灯 「PLUS+ アンカー」の話  その3 介護施設

よく電話がかかってきた。

「雅子さん、これから私、お刺身を注文するけど、あなたもいかが?」

刺身が届くと下のアンカーの事務所までわざわざ届けてくれる。しかも、決して事務所には足を踏み入れようとはしない。

「いいから入ってくださいよ」

と何度言っても

「皆さん、お仕事されているのでお邪魔になりますから」

と入り口で刺身を手渡すと、そのまま帰ってしまう。

それは序の口だった。

「雅子さん、お汁粉を作ったんだけど、温かいうちに上がってきて召し上がらない?」

などという誘いの電話を何度ももらった。誘いに乗ってふみえさんの部屋に上がってご馳走になると、

「これ、つまらないものだけど……」

なんとお土産までの準備が整っている。毎回、フルセットの誘いなのだ。
お誘いを断るのは気の毒だ。かといって、毎回そんなでは誘われる方の気が引ける。だから、

「いいですよ、雑談をしたくなったら、いつでもいいから下の事務所に来てください。お茶ぐらいの用意はいつでもありますから」

と何度も言うのだが、絶対に事務所には入らない。おそらく、これは単なる遠慮ではない。他の人の邪魔をしては行けないという倫理観がふみえさんにはしっかり根付いているのだ。

ふみえさんは毎日のようにデイケアに通っていた。毎朝ヘルパーさんが下まで迎えに来る。ふみえさんは時間を見計らって下に降りて来る。雅子さんはヘルパーさんに、

「何かあったら、すぐに知らせてください」

と頼み、携帯電話の番号も教えた。頼まれもしないのに、ふみえさんの「保護者」を買って出たのである。

ふみえさんとのそんな付き合いが深まったある日、ふと思った。
ふみえさんのように高齢で独り暮らしをしている人たちは、電気がつかなかったり、水道の蛇口から水が漏れたりなどというちょっとした困りごとが起きたらどうするんだろう? 近くに知ってる人がいれば気軽に相談したり頼んだりできるが、そんな友達もいなかったら?

私、桐生のお年寄りたちの「知ってる人」になれないかな?

雅子さんの頭の中で「PLUS アンカー」の芽が出た瞬間だった。

写真=ふみえさんが入居した、「アンカー」が入っているビル

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です