色の移ろい 天然染色研究所の2

【紫紺】
古代色の復元に取りかかったのは65歳前後だった。
まず手がけたのは、高貴な色とされていた紫だった。聖徳太子の冠位12階でも最高位の人だけに許されていた色である。
紫を染めるにはムラサキツユクサの根を使う。この色を「紫根」という。古代は、60℃ほどの湯をかけながらムラサキツユクサの根を臼でつぶした。こうして色素を湯の中に取り出し、薄い紫色の染色液を作る。染める反物に十分なだけの染色液を作るのだから大変な作業である。
布をこの液につけただけでは、繊維の上に色素が乗るだけだ。洗えば大半は落ちてしまう。繊維と色素をしっかりと結びつけるためには、色素に化学変化を起こさせる媒染剤がいる。紫根の染色では、古代は椿の灰汁が使われた。当時の人達が知るはずはなかったが、椿にはアルミ成分が多く含まれ、紫紺の媒染剤に最も適しているのだ。椿の灰汁に染める布を浸し、紫色の染色液に浸す。1、2度浸せば薄い紫に染まる。濃い紫は何度も浸す。

しかし、いまでは色素を取り出すにも、媒染剤の選択にも科学的に確立された方法がある。田島さんは迷わず、現代科学の成果を採用した。

ムラサキツユクサの根の色素はメチルアルコールに容易に溶け出す。メチルに根を浸すと色素のほとんどが溶け出して濃い紫の染色液になる。
媒染剤は何処でも手に入るミョウバンだ。ミョウバンはアルミと鉄、硫酸の化合物で水に溶ける。このミョウバン液に布を浸したあと染色液に漬けるのである。濃い紫の液だから簡単に染まる。薄い紫が欲しければ染色液に水を足して薄める。

作業を簡素化しただけではない。染め上がりの色は媒染剤中のアルミの量に左右される。少ないと紫は赤みを帯び、多いと青みがかる。椿の灰汁では含まれるアルミの量が分からず、狙った紫を出すのが難しい。しかし、ミョウバンのアルミ含有量はほぼ一定だから、思い通りの色に簡単に仕上がる。

「昔の人はムラサキツユクサの根から紫の色素をできるだけ沢山取り出そうと力を注いだでしょう。より濃い染色液ができれば染め上がりが綺麗になるからです。椿の灰汁にも神経を尖らせたでしょうが、こればかりは染めてみないと分からない。そうやって手間暇かけて最高に仕上がったものが高貴な人達に納められたのでしょう。ところが、いまの化学を使えば、簡単に古代に最高とされた紫根が再現できます」

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