小黒金物店 第9回 私と小黒さん

 「出来たよ」

1週間もしないうちに電話が来た。刃渡り11㎝、持ち手が10㎝で、鞘に収めると全長23㎝になる。白木の鞘も小黒さん手作りである。いい。

「で、お幾らですか?」

小黒さんの仕事に惚れ込んだ私は、小黒さんの刃物は値切ったりしてはいけない、と考えていた。そんな安っぽい代物ではない。だから、価格も聞かずに発注した。
といえば格好いいが、

 (ウインドウに入っていたナイフは6000円~8000円程度だった。高くても1万円かな)

程度の計算はしていたのではある。
ところが、予想外の返事が戻ってきた。

「あ、いいよ。それ、使って。私、あれだけいってもらうと、使ってほしいと思うんだわ」

ん? ただ? お金を取らない?
想定外である。想定外で、実に困る。私は小黒さん作のナイフが欲しくなり、小黒さんに労働を強いた。それが、ただで済むわけはない。ただでナイフをいただくいわれは何もない。

「いや、それは困る」

「困るっていわれたって、私も困る」

「じゃあ、店に行って娘さんに払ってくる」

「娘にも、これは差し上げるんだからといってあるからダメだよ」

ホントかな? とは思ったが、そこまで言われたら引き下がるしかない。

「わかりました。大事に使わせてもらいます」

その日は引き下がった。

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