その6 職人魂

話を少し脇道に振る。

凝り性でない職人は大成しない。いくら伝統の技を完璧に身につけ、名人と讃えられた先人の作と見分けがつかないものを作ることが出来ても、その職人は名人にはなれない。名人とは、常に

「もっといいものを。昨日よりちょっとでも優れたものを」

と努力を重ね、先に進み続ける人のことだ。

智司社長は

「もう少しいいマフラーが出来ないものですかね。このままだと発注を打ち切らざるを得ない」

と注文主に脅されて編み機の改良を重ねてきたのではない。注文主は松井ニットが編むマフラーに満足し、翌年以降も発注を繰り返していた。

仕事の手が空くと編み機をいじっていたのは、智司社長自身が満足できなかったからだ。それでも改良の手を緩めなかったのは

「何かが足りない。もう一工夫できれば、もっといいマフラーが出来るはずだ」

という強迫観念に近い思いに駆られ続けているからだ。だから、注文主の言うとおりにマフラーを編んで納入するOEMメーカーの時から、編み機の改良を続けているのである。

まだ満足の域には達していないものの、それでも自分が作るマフラーには絶対の自信がある。編み機をカスタマイズしている編み物工場は、知る限り他にない。自分で編み機に手を加えられる経営者はほとんどいないし、中小零細が多い編み物工場には専門家に頼む資金的なゆとりはないからだ。

加えて、編み方も素材も、何度も見直して思いつく限り最高のレベルにある。他に負けるはずがない。

編み物や織物の会社は、毎年何度も商品展示会に出る。この場で新しい客を開拓するのである。

ところが、それぞれの最新の技術を注ぎ込んだ製品を出す会社は数えるほどしかない。コピーを恐れるのである。

「織物なんて、3㎝四方ぐらいの端切れがあれば、見た目も手触りも全く変わらないものが3ヶ月もすれば店頭に並ぶ世界ですから」

と関係者はいう。企業秘密が漏れるのを防ぐため、最新のものが多くの人の目に触れるのを避け、信用出来る取引先にだけこっそり見せるのである。

だが、智司社長はこともなげにいう。

「私は一番新しいマフラーを出し続けています。コピー? 出来るんならやってみろ、ですよ。うちの工場で編むマフラーは、一朝一夕で真似が出来るような中途半端なものではありませんから」

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