その26 指名買い

これだと思うものが編み上がると、次は染色である。

敏夫専務は商社時代、化学の知識も身につけていた。仕事に必要になったため、メーカーの研究所を尋ねて教えを請うたのだ。だから思いついた。

「特殊な帯電防止剤と柔軟剤を私は知っている。あれを使えばミンクそっくりのタッチが出せるはずだ!」

そして、後染めが出来るのなら是非グラデーションに染めようと決めた。染め屋さんを何件も訪ね、やってくれるところが見つかると敏夫専務が付きっきりで2つの薬剤の使用法を指導した。こうして出来上がったのがアクリルミンキーマフラーだった。

毛足が長く、柔軟剤の働きもあって肌に優しい。特殊な帯電防止剤を使っているから毛玉が出来ない。見ても触ってもミンクの毛皮のようだ。

それに、グラデーションも素晴らしい仕上がりだった。濃い緑が中央部に行くに連れてだんだん薄くなり、やがて白くなる。緑だけでなく、黒、茶、ブルー、ベージュ、紫、オレンジとたくさんの色を用意した。

「とあるアパレルにOEMで出しました。売れました。一時は生産が追いつかないほどで、嬉しい悲鳴を上げました」

やがて粗悪な類似品が出回るようになった。編み方が違い、染めの手順も違うからだろう、肌触りも風合いも全く比べものにならないものだったが、

「やっぱり良貨は悪貨に駆逐されるんですね」

安く売られる類似品に押されて売り上げが落ち、4、5年後に生産を止めた。そして、それっきりにした。

大人気商品を自力で創り出しながら、それを足場に自立しようとは考えもしなかった。だからだろうか、やがて粗悪品に市場を食い荒らされ、単なる一発屋で終わってしまった。まだ

「独自ブランドを持ってOEMメーカーを脱しよう」

とまでは思ってもみなかった松井ニット技研の歴史の一幕である。
森山さんの教えは頭にあったが、自立とは、頭にある知識だけでは出来ず、知識が心にストンと落ち、経営環境を含む周りが背中を押して初めて出来ることなのだろうか?

だが智司社長はこの時、自分の職人技、デザイン力が充分に通用するという確信は得た。いまから振り返れば、それも自立への一つの準備だったのだろう。

あれから10年以上たって、突然「世界一」に選ばれた。

「松井ニット技研といえばリブ織りのカラフルなマフラーが定番です。ミンキーとどちらを選ぼうかと迷いました」

とは、日本科学未来館開発企画担当者の話である。

2013年の「日本一」は仕事を生んだ。三越・伊勢丹グループから

「売りたい」

と声がかかったのである。ところが、生産を止めて10年以上もたつ製品だ。グラデーションの染めを頼んでいた染め屋さんはすでに廃業していた。他に当たったが、出来るというところがない。せっかくの商談も断るしかないと思い始めると、デパートの担当者は断らせてくれなかった。

「では、出来る工場を当方で探します」

店頭に並んだアクリルミンキーマフラーは、初日から

「松井ニットの黒のグラデーションが欲しい」

と指名買いが入るほどの人気を博したのである。

写真:アクリルミンキーマフラーにはこんな色もあった。

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