「私、加工屋のおっちゃんです」 Tex.Boxの3

【ニードルパンチ、という技】
ニードルパンチ加工について少し説明しておこう。

(ずらりと並んだフェルト針。その数、1万本)

ニードルロッカーのボードには1万本のフェルト針がついている。針には数カ所窪みがあり、この窪みが上になった生地やスライバーの繊維を下に運び、下の繊維と絡み合わせる。フェルト針の速度を上げれば下に運ばれる繊維が増え、上に置かれた生地やスライバーの繊維が少なくなるからグラデーションになる。下の生地からは、上から針で運ばれてきた繊維が顔を出す。針の上下動が早ければよりたくさん顔を出し、遅ければ少ない。こうして、ニードルロッカーを通した複数枚の生地、または生地とスライバーは1枚の布になってしまう。
原理はこれだけである。この原理を組み合わせて様々の、新しい表情を布から引き出すのがニードルパンチ加工という技なのだ。

(生地とスライバーの組み合わせでこんな模様が描ける)

1枚の生地にスライバーをくっつける作業で必要なのは、生地とスライバーの色の組み合わせのセンスである。それが決まれば、スライバーの形に意を尽くす。仕上がりは、その形が模様となるからだ。また、フェルト針の速度の調整も技の見せ所だ。遅いと裏に送られる繊維が減り、早くすると増える。速い→遅い、とセットすれば、上から見れば薄い色が徐々に濃くなるグラデーションになり、下から見ればその逆のグラデーションが描き出される。どちらを表と見るかは、使う人の勝手である。

(生地を重ねてニードルパンチ加工をしたジャケット。裏地は表地と一体になっている)

生地を重ねる場合は、どんな生地を組み合わせるかが入り口だ。無地同士なのか、無地とチェックか、柄物同士か。上に乗せる生地の方向は? 上に乗せてシワを寄せたらどうなるだろう?
その組み合わせとフェルト針の速度のセットで、ジャカード機で織ったりプリント加工したりでは絶対に出せない布の表情を創り出せるのが、ニードルパンチ加工の真骨頂である。

収縮率が違う異種類の生地を組み合わせてニードルパンチ加工し、縮絨(しゅくじゅう)機(生地を縮ませる装置)にかけて一方の生地を縮ませる手法もある。生地から円形や花型が盛り上がったり、生地全体に細かな凹凸が出来たり、これも生地の組み合わせ、デザイン次第で新しい表情を造り出す技だ。

——私は澤さんを職人さん、ということで取材をお願いしましたが、お話しを伺っていると、むしろ生地のデザイナーといった方が相応しいような気がしてきました。

取材が最終段階に入ったとき、そう問いかけた。ニードルパンチ加工の本質は、新しい「美」を産み出すセンスではないかと思えてきたからだ。

「いやあ、私は加工屋のおっちゃんですよ。大雑把だし、あるのは発想だけ、ですから」

加工屋のおっちゃん、か。ふむ……、格好いい!

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