その5 美術館

とりあえずの営業方針が固まった。攻めるのはニッチマーケットである。そして松井ニット技研には、1つだけ、すでに知っているニッチマーケットがあった。

美術品を愛する人々

である。
美術館までわざわざ足を運び、入場料を払って選りすぐりの絵画や彫刻などと空間、時間を共にしながら鑑賞する。そんな豊かな時間を愛する人々は国内にも数多い。海外の巨匠の作品が展示される企画展には長蛇の列が出来る。松井ニット技研が創り出すマフラーはそんな美術愛好家の人々に目を止めていただけるのではないか? ニューヨークのA近代美術館で大好評を得ているのはその証ではないか?

そこまで考えると、次の手は自ずから生まれた。

「国内の美術館を総当たりしてみようじゃないか」

2人の考えは完全に一致した。方向が決まれば一刻も早く行動に移したほうがいい。営業を担う敏夫専務はそう思い立って外に飛び出すと、歩いて10分ほどのシロキヤ書店に駆けつけた。書棚から分厚い全国美術館ガイドを抜き出す。レジで代金を支払う。重い本を抱えて戻り、時間を惜しむようにページをめくり始めた指に、何故か力が入る。

「日本って狭い国だと思っていたけど、美術館ってたくさんあるんだなあ」

数えてみると600以上もあった。国民20万人に1館。その数に圧倒されかけた。全国の、こんなにたくさんの美術館を1人で営業することができるか?
だが、考えようによっては、こんなにたくさん、松井ニット技研のマフラーを売ってくれる可能性がある潜在的販売店があることでもある。このうち1割でも60館。60館もの美術館が松井ニット技研のマフラーが置いてくれたら、年間の売り上げは……。
進む。決めたのだから進むしかない。

まず北から始めることにした。北海道から順番に南に下る。最初は

北海道立近代美術館

だった。ここが最初の営業先である。

事前に電話でアポイントを取り、飛行機や電車、バスを乗り継いで行って担当者と顔を合わせ、商品カタログを広げながら丁寧に商品の説明をするのは営業の基本中の基本である。ところが、当時の松井ニット技研にはそんな営業経費が捻出できなかった。現地に出向く足代すらままならない。国内景気の落ち込み、生産地の海外移転の影響で経営はそこまで追い込まれていたのである。ない袖は、どう足掻いてみても振ることは出来ない。

敏夫専務は事務室にある電話の受話器を取り上げた。仕方ない、電話で営業してみよう。

「群馬県桐生市の松井ニット技研と申します。マフラーを製作しております。ご提案があってお電話しました。私どものマフラーは1999年からニューヨークのA近代美術館で販売されており、2001年からは毎年、売り上げトップの実績を上げております」

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