デザイナーの作り方 片倉洋一さん 第5回 糸を作る

時間を少しさかのぼる。「000」の最初のヒット作となった「DNA」の話である。

前述したように、「DNA」は細胞内で遺伝情報の継承と発現を司り、独特の二重らせん構造を持つ。それを模したアクセサリーは、幹から沢山の枝が出ている。この枝には「張り」がないと、首に巻いた時枝分がだらりと垂れ下がり、少し離れてみれば布をクルクルと丸めて首に掛けているように見える。だらしないのだ。

枝に張りをもたせるにはどうするか。それが開発の鍵だった。片倉さんは倉庫にあるあらゆる刺繍糸を試してみた。絹、木綿、レーヨン、合成繊維、金糸、銀糸……。
どれもこれも不合格だった。枝どころか、幹すらふにゃふにゃして張りがない。

いや、「DNA」が必要とする糸は、腰が強いだけでは足りない。「DNA」はアクセサリーなのだ。美しさ、光沢、色……。

「使いたい糸がないのです。では、諦めるか? とんでもない。私たちは『000』の開発をしていたんですよ!」

「000」は「0(ゼロ)」を3つ重ねたものだ。それには意味がある。3つの「0」は、それぞれ技術、素材、発想(デザイン)を現す。刺繍の大切な3つの要素を、常にゼロから洗い直して製品作りをする、という志を込めたネーミングである。

だから「000」は既成概念に捕らわれない。「無理」を「できる」に変えようと挑み続ける。いま直面している「無理」は、使える糸がないということである。では、どうすればこの難題を突破できるか?

「欲しい糸がなければ作ってしまおう!」

と片倉さんたちは考えたのだ。

アクセサリーである。やはり華やかさが欲しい。ラメ糸を使おう。
ラメ糸はポリエステルのフィルムに金・銀を蒸着させて作る。だから、元はシートである。これを細くカットして糸にする。これをスリット糸という。

「だけど、その糸はフニャフニャだろう?」

その通り、このままでは「DNA」には使えない。そこで片倉さんたちはスリット糸に撚りをかけた。
1本の糸に、もう1本の糸を右巻きしていく撚りを右撚りという。左巻きにすれば左撚りだ。どちらも試した。しかし、撚った糸は元に戻ろうとする。ケミカル刺繍をして台紙を溶かすとよじれが出るのだ。これは使えない。どうしたらいい?

        DNAに使う糸

救いの手は身近から来た。刺繍糸を笠盛に納めている市内の糸商である。K社長が

「たすき撚りという手法もありますよ。Wカバリングともいいます」

と教えてくれたのだ。カバリングとは芯になる糸の周りに表面に出したい糸をコイル状に巻きつけていく手法だ。Wカバリングは巻きつける糸を2本にする。たすきをかけるように交互に巻きつけていく。当時は芯なしで撚ることが出来るようになっており、片倉さんはそれを採用した。

「おかげで糸のよじれがなくなりました」

が、糸づくりはまだまだ終わりではない。使える糸にするには

・刺繍のしやすさ
・適度な太さ
・商品にしたときの見栄え
・着け心地
・品質の安定

実現しなければならないことは山ほどあった。

「試作だけでも、何十回も繰り返しました。何とか使えそうだという糸ができてやっと『DNA』 の製造に取りかかりました。はい、その後も糸に改良を加えているのはもちろんです」

たった1つの製品を作り出すのに、これだけの手間をかける。それを支えているのが「000」精神である。

写真:工場で

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