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第3回 心弾む終の棲家

半世紀前の1950年、65歳以上の人口は416万人であった。
それが2020年には3334万人と推計され、今後15年間でも東京の人口と同じだけ高齢者が増える事になる。もの凄い高齢化スピード。
超高齢化社会は経済縮小・活力低下、とかく暗い面ばかり取り沙汰される。
しかし、明治生まれで30年前に亡くなった私の祖父母の面影と比べると近未来の高齢者は随分違った顔を持つ。20歳位若返ったようにも映る。
これは服装や髪型といった外見だけではなく、行動や価値観も違うのである。21世紀の新高齢者は、昭和二桁生まれから団塊の世代が主役であり、戦後の高度成長を支え生き抜いた方々である。
従来の老人には当てはまらない。

実際、高齢者の85%強が公的介護保険を不要とし、心身共に健常である。
「新高齢者」は、知的好奇心や向学心が旺盛で、知識や経験を積極的に社会に還元・貢献しようとする自覚と使命感を持ち、ボランティア活動などを通じて地域社会のリーダーを目指したり、また生涯現役を見据え自由で自立して生きてゆく事を選択する円熟したゴールデンエイジである。

その方々に適する「新仕様の住宅」が見あたらない。高齢者施設というと、すぐバリアフリーとなり、医療・福祉を中心とした「介護施設」が多い。室内は冷たく無機質で、張り巡らされた手すりが目に付く。遠隔地ゆえ実社会と隔絶され、楽しく心弾ませるような居所ではない。これが終の棲家(すみか)と思うと違和感を覚える人も多いはず。求めているのは「心地よい活動拠点」なのである。

そもそも高齢者住宅を語る時、要介護者と新高齢者をごちゃ混ぜにしている事に真困がある。
海外のコレクティブハウスなどは、若い人でもわくわく心躍る空間に表現されていて、高齢者に限定して発想されていない感すらある。若者と高齢者の心のバリアを取り除き、同じ価値観や生き方、そして趣味などで老若男女が集いあうような「場」がそろそろ必要ではないか。

既存の施設をけっして否定するものではないが、積極的な人的交流や活発な井戸端会議を至るところでやっている、そんな空間創りが、いま待望されている。

ぐんま経済新聞 「東毛エッセイ」 平成16年5月13日より転載