花を産む さかもと園芸の話 その3 結婚

サボテンは諦めたものの、草花で生活を築きたいという思いは消えなかった。いや、サボテンへの思いを断ち切らねばならなかった分だけ思いは強まったともいえる。

だが、

「だから、実家の空いた土地を転用して農園を始めました」

と短兵急にことを進めないのも、正次さんである。

迷った。サボテンがダメなら造園業に就職しようか。それとも大学で学んだ知識を使って樹木医になろうか。あれこれ考えたが、

「やっぱり自分の手で植物を育てたい」

という思いは消えない。迷いながら農業関係の出版社が主催した鉢物生産講座を受講してみた。欧州でアジサイの人気が高まり、生産が伸びているという。

「そうか、アジサイなら育てることが出来るかも知れない」

頭を切り替えた。大学の指導教授に話すと、教え子を紹介してくれた。栃木県日光市で主にシクラメンを育てている谷澤園芸の谷澤一三さんである。花を育てるのなら、まず現場を知らねばならない。正次さんは谷澤さんの家に住み込み、修業を始めた。花まみれ、土まみれの1年2ヶ月は、テレビを見る時間もないほど働き、学んだ。

谷澤園芸で学びながら、正次さんはさらに2つのことを並行して進めた。独立して自分で持つはずの農園の土地探しが1つ。もう1つは結婚を急いだのである。

ここでの読者の関心は、おそらく「結婚」に集中するだろう。よろしい。正次さんの結婚から話を進めよう。

相手はもちろん久美子さんである。中学の同級生だった。誕生日が3日違いの「お姉さん」である。高校は男女別学で縁は途切れたが、大学に入ると通学電車で顔を合わせるようになり、いつかグループでの交際が始まった。2人だけの時間を持つようになったのは大学を卒業するころからだった。
ここは久美子さんに登場してもらおう。

「はい、ときどき正次さんが私の家に来るようになりました。私の車でドライブに行くんです。遊びや映画の話しかしないサークル仲間と違って真面目に人生の話をする人で、サボテンに賭けた夢を訥々と話すんです。大学に進んだのもそのためで、だけど金がなくて、なんて。ああ、他の人と違って、この人は大地に足がついた、しっかりした考えを持って生きてるなって惹かれるものがありましたからお付き合いを続けました」

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