目の付け所 古澤整経の3

【織りやすい糸を】
工場に資金をつぎ込んで作業環境を整えても、整経機を理想通りに動くようにカスタマイズしても、クリールを工夫して作業効率を上げても、それはより織りやすい経糸に仕上げる環境を整えたに過ぎない。それだけで客の心をとらえることはできない。客はそんなことは知りもしない。織りやすい経糸かどうか。客の判断はその1点にかかっている。

2020年夏のことだった。特殊な糸の整経注文があった。いつものようにクリールにボビンをかけ、整経機で巻き取りを始めた途端、

「これはいかん!」

と慌てて機械を止めた。ボビンに巻かれた糸があちこちで縺れているのである。このまま巻き取っては、縺れたままの糸が経糸になる。そんな糸で織れるはずはない。
作業をやめるという選択肢はあった。こんな糸にしたのは前工程であり、古澤さんが対処しなければならない問題ではない。

「こんな糸は整経できないよ」

と突き返す選択肢もあった。

「だが」

と古澤さんは考えた。

「この糸は整経できません、といったらあの機屋さんは困るだろうなあ。メーカーに糸を突き返して新しい糸を送らせていたら納期に間に合わないかも知れない。そう考えたら、ここは私がやるしかない、と思ったんです」

整経機につきっきりで作業を進めた。縺れた糸が出てくると整経機を止め、いちいち解いた。

「時間? 普通の7、8倍はかかりましたねえ」

右に撚った糸と左に撚った糸を互い違いに並べて整経して欲しいという注文には神経を使う。注文書通りに糸をクリールに並べたはずだが、人は間違いを犯す生き物である。糸の並び方が違うと、できる布がまったく違ったものになる。

(妻・忍さんは大切な仕事のパートナーだ)

「だから、タンプルに巻き取る寸前のところで妻と2人、点検するんです。注文書通りに並んでいるかどうかを」

それも、半分ずつ手分けしての点検ではない。

「まず、500本の糸があったら、250本ずつに分けて調べます。終わると、私は妻が点検した分を、妻は私が点検した分をもう一度調べます」

1万6000本の糸を整経するときは、2人が1万6000本の糸を、これは右撚り、これは左撚りと目で見ながら、確かに注文書通りに並んでいるかどうかを点検する。気が遠くなる作業だ。

「この糸だからこの程度にしか整経できません、といいたくないんです。今の自分にできる最高の仕事をするだけです」

自分の仕事を極める。古澤さんは整経という道を歩き続けいている。

写真:古澤流のクリール

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です