化学を極める ホリスレンの2

【色との闘い】
ホリスレンは30種類ほどのスレン染料を常備する。この30色から、刺繍糸メーカーのパールヨットの色見本に従い、実に700種類近い色を出す。
無論、それぞれの色を出すための染料の配合割合は数値化している。その通りに混ぜ合わせ、湯に入れて還元剤を加え、染料を溶かす。

染色用のタンクは中心に染料の吹き出し口があり、タンクに入れた15㎏から50㎏の糸に染料溶液を吹き付ける。スイッチを入れればタンクの下に落ちた溶液は循環して再び吹き出し口から飛び出していく。

それだけの事である。一見、素人の筆者にも出来そうな作業工程ではないか?

「ところが、それだけだと色がぶれるんです」

染料の配合はマニュアル通りにやった。だから間違いはないはずなのだが、同じ染料メーカーの染料でも、ロットによって微妙に成分比率が狂うらしく、染め上がりが色見本からずれた色になる。いってみれば、新しく染料を購入する度に実験し、配合割合を書き直さなければならない。大変な手間である。

 

それだけではない。途中まで使った缶に入っている染料を、最適と分かっている配合割合で使っても、

「毎回うまく行くとは限りません」

染料を溶かし込んだ湯の温度、湯と染料の割合、染める時間、その日の外気温、加えた還元剤の微妙な量の違い、タンクへの糸の入れ方……、スレン染料は実に敏感に「違い」を嗅ぎ分けて違った表情を現す神経質な染料なのである。

「ある程度までは数値化出来るし、やって来たんですが、最後は勘頼りですね。今日はこれで行く、って決めてやるんです」

35年間で勘は随分鋭くなったと思う。だが、逆説的にいえば、データの裏付けがない勘ほど当てにならないものはないこともこの間に学んだ事だ。

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