刈り取る 蛭間シャーリングの2

【値上げ】
蛭間さんはこの時期を

「会社が牛丼の店から高級レストランに変わった時期」

と表現する。高級レストランに牛丼店の経営は似合わない。蛭間さんは次の手を打った。作業単価を一気に2、3割引き上げたのである。

無論、事前に同業者の動静はつぶさに調べた。どこも昔ながらの仕事をしていた。それに比べて蛭間シャーリングは事故をほとんど起こさないため納期はきちんと守る。事故がないということは、切り残した糸や、抜けた糸がない生地に仕上がることでもある。シャーリングを終えた生地は機屋さんがこうした不具合がないかを検品するのが当たり前だが、

「蛭間さんにやってもらうと、検品の手間が省ける」

という評価が高まっていた。納期厳守と仕上がりの高品質はどこにも真似ができないはずだ。自信を持っての値上げだったのである。

「お取引先に、まさか喜んではいただけなかったでしょうが、納得だけはしていただけたと思っています」

値上げで取引がなくなった機屋さんは10%ほどに過ぎなかった。2、3割単価を上げて、10%の受注減なら経営としては大成功である。

それでも蛭間さんは改革の手を休めない。
10年ほど前から、受注先の機屋さんに作業工程を明示してもらうようお願いし始めた。機屋さんが織り始めるのはいつか。量はどれほどか。何日の時点で蛭間シャーリングに持って来てもらえるか。いつまでに仕上げて納めればいいか。
まだすべての機屋さんに協力してもらえるまでは至っていないが、蛭間さんはこの取り組みを続ける。

「それだけ分かると、こちらの作業のスケジュールが組めます。従業員の皆さんにきちんと休日を取ってもらうために仕事をどう分配したらいいかの基礎データになるのです」

歴史が古い繊維産業、特に桐生のように伝統が面々と受け継がれてきた産地では経営の近代化が遅れ、どんぶり勘定の経営が色濃く残る。納期が2週間、3週間遅れても気にしない機屋さんは、恐らく内部での工程管理もどんぶり勘定になっているはずである。

だから、蛭間シャーリングの依頼で作業工程を作り始めた機屋さんの一部に作業工程をスケジュール化するところも出てきた。それは機屋の仕事から作業密度の山・谷をなくし、残業を減らして経営を近代化することにつながるはずである。
蛭間さんは、前近代的といわれる桐生の繊維産業の改革の引き金を引いたのである。

写真:シャーリング前のカット作業

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