ミシンの魔術師—大澤紀代美さん 第12回 出会い

出会った日のことは、いまでも明瞭に覚えている。17歳の春だった。

数日前、父の知り合いが遊びに来ていた。日頃から、大澤さんが高校にも行かずに絵に没頭している話を聞いていたらしい。顔を見ると、話を切り出した。

「紀代美ちゃん、いっぱい絵を描いてるんだって? うちねえ、刺繍やってるのよ。絵も刺繍も似たようなものでしょ。一度見に来てみない? 何だったら教えてあげるから」

聞くと、内職でスカジャンの虎や鷲などを刺繍しているのだという。

と言われても、絵に夢中になっていた時期である。そもそも、絵と刺繍は似て非なるものではないか? との思いもある。手刺繍ぐらいはやったことがあったが、ミシンでの刺繍にそれほど魅力を感じたことはない。
いってくれた人は親切心からだったのだろう。だが大澤さんはむしろ、

「私が毎日ブラブラしているように見えるのか?」

と少々ムッとした。とはいえ、相手は父の知り合いだ。無視するわけにもいかない。数日後、仕方なく出かけた。

「一度顔を出せば義理は果たしたことになる、ぐらいの気持ちしかなかったのよ、あの時はね」

自宅から歩いて5分ほどのその家に入ると、10台ほどの電動ミシンが並び、女工さんたちが真剣な目つきで刺繍していた。そのミシンが横振りミシンという呼び名を持っていることを知るのはもう少し先のことである。

大澤さんの目の前で、見る見るうちに刺繍が出来上がっていく。何でもない無地の生地に絵が浮かび上がる。見ているうちに引き込まれてしまった。ミシンの針が絵筆に、針に通った糸が絵の具に見え始めた。

「これよ。私はこれをやるのよ!」

いつしか拳を握りしめ、心の内で叫び始めていた。

「私、ミシンでもっといい絵を描いてみせる!」

次々に生まれてくる刺繍画に魂を抜き取られたのだろうか。ふと気がつくと、来る時は天高くあったお日様が山の向こうに隠れようとしていた。その間、身体を動かした記憶はない。身動きもせず、何時間立ち続けていたのだろう?

フラフラとその家を出て自宅に戻るなり、出迎えた母にいった。

「私、やりたい。あの仕事を覚えたい!」

頭の中は刺繍ミシンが創り出し続ける刺繍画でいっぱいになっていた。

翌朝、母に連れられてその刺繍屋さんを再訪した。

「お願いします。私を雇って下さい。仕事を教えて下さい」

深々と頭を下げた。すぐ後で母の朝子さんが

「どうせ長くは続きません。本人が諦めるまででいいですからお願いします」

と頼み込んでいたことを、この時の大澤さんは知らない。

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