カフェラルゴ 第5回 開店

2人は根っからの楽観主義者である。どうなるか分からない先のことでくよくよ考えたりしない。願えば必ず実現すると信じるたちである。もっとも、口の悪い人なら、無計画な世間知らず、と切って捨てるかも知れないが。

銀行に断わられ、開業の資金計画にめどが立っていなかった4月、2人はいまの住居に引っ越したのである。3階建てのビルで、住居部分の2、3階を借りた。国の審査に通れば1階の店舗部分も借り増して改装する。

「ここでカフェを開く」

と決めたのだ。
紹介してくれたのは、桐生市の不動産会社「アンカー」の川口貴志社長である。そう、このホームページを運営している会社の経営者だ。
ある会合で知り合った。カフェが出来る住居軒店舗を探していると相談すると、1ヶ月半ほどして連絡が来た。

「適当な物件が出ました。家賃も安いし最適だと思います」

2人は一目で気に入り、すぐに引っ越したのだ。

「何とかなる。きっと何とかなる」

引っ越したのは、国に補助金の申請書を出した直後だった。「何とかなる」は、きっと国の補助金が下りるという、願いにも似た気持ちだった。

半月たった。だが、国からは何の反応もない。問い合わせすらない。1ヶ月が過ぎた。まだ何も言ってこない。

「どうなんだろう。やっぱりダメなのかな……」

5月に入り、毎日のように晴天が続いた。最高気温が30度を超える日はほとんどなく、1年中で一番気持ちのいい季節かも知れない。だが、決定の知らせをジリジリする思いで待ち続ける2人の心は晴れなかった。カフェを、本当に開けるのか?

一日千秋の思いで待っていた封書を郵便受けに見つけたのは5月21日。渉さんは恐る恐る開封した。

採択通知書

「やった! 綾子、補助金が出るぞ! カフェが開ける!!」

玄関から飛び込んだ渉さんは、綾子さんと抱き合って喜びの雄叫びを上げた。

開店準備が始まった。といっても、国の制度は複雑である。採択通知書が届いてもすぐに工事にかかってはならない。補助金の「交付決定通知書」が届いて初めて改装工事に取りかかれるのだ。それまでに工事にかかれば、補助金が出なくなる。

ジリジリしながら待った。その間、須田さんのアドバイスに従い、「採択通知書」を持って銀行の門をくぐった。開店資金として200万円では足りないし、実際にお金が出るのはずっと先だ。当面の資金は融資を受けるしかない。採択通知書を示すと、今度は300万円の融資がすんなり決まった。国の補助金の「採択通知書」は水戸黄門の印籠に似たものらしい。国の補助金が下りたら200万円を返済する。残りは自力で返す。

やっと1階部分を借り増し、内装工事を依頼する工務店と綿密な打ち合わせを始めた。1階は食品の販売店舗に使われていたから、土間だったところを板張りの床にし、一番奥に厨房をつくる。床は子どもが転んでも怪我をしないようにクッションフロアにする。授乳とおしめを替えるスペースをつくるため、新たに壁を設ける。綾子さんがピアノ教室を開くためのスペースも必要だから、そこにも壁をつくって、壁にはカウンターを設けよう……。

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