カフェラルゴ 第3回 実験店

頭から否定しながら、でも渉さんの提案は、綾子さんの脳裏にこびりついていた。

安定した暮らしを優先してとんでもないと言い切った。でも考えてみれば、そんなカフェがあって、同じような悩みを抱えるたくさんのママ、ママ予備軍と情報交換したり、悩みを打ち明けあったりしていたら、あのころの私はきっと救われただろうな。いつかはそんなカフェを開いてみたいな。でも、いまは無理!

貴弦くんが生まれ、子育てに悪戦苦闘し始めたからだろうか、時折そんな思いが脳裏に浮かぶ。
だからだろう。綾子さんは折に触れて

「ホントは主人と二人で、マタニティカフェをやってみたいんですけどね。でも、お金もないし、貴弦も小さいし、いまは無理なんです」

といろいろな人に話すようになっていた。
そんなある日のことである。

「だったら、やってみたらどうなの?」

突然、綾子さんのお尻を押す人が現れた。

「きっと、たくさんのママたちがそんなお店を待っているわよ。おやりなさいな。せめて試験的に開店してみたら? いまは無理だって諦めるのはそれからだって遅くはないでしょう。あのね、その実験に使えそうな場所に心当たりがあるの。しばらく待っててくれる?」

思いもよらない話だった。話をしてくれたのは、電車で隣に座ったから雑談を始めた初対面の婦人である。帰宅した綾子さんは渉さんに話したが、どう考えていいか分からない。とりあえず、2人であてにせずに待つことにした。

あてにしなかった婦人から、電話が来た。

「大丈夫だって。もとは託児所に使っていたところが空いてるのよ。しばらく使っていいんだって。どう、やってみない? やってみなさいよ!」

話を聞くと、水道・光熱費だけは負担しなければならないが、家賃はただ。しかも、東武線新桐生駅の近くである。立地もいい。

2人は考えた。自分たちが描いているマタニティカフェが受け入れられるのかどうかが実験できる。渡りに船の話である。とりあえず渉さんの仕事が休みの土日だけ開いてみて、客が来なければ止めてもとの暮らしに戻ればいいのではないか? 土日だけだから、イベントを中心にした展開をしてみようか。客に出すのは飲み物だけ。イベントへの参加費を取って……。

2人で相談を始めると、あれほど迷っていたのが嘘だったかのようにアイデアがあふれ出した。もう、2人の頭には前に進むことしかなかった。若さとは素晴らしいものである。

下見に行くと、もと託児所はアパートのような建物の2階だった。看板を出すスペースはない。これで客が来てくれるのかどうか。しかし、やってみるしかない。店名を「ベイビーズ & マタニティカフェ ラルゴ」とした。

2人でfacebookを始めた。店を多くの人に知ってもらうためである。地元紙が取材に来て記事を掲載してくれた。お金がない2人に出来る店の宣伝はそれだけだった。これでどれだけの人が来てくれるだろう?

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