金棒と楯を持った鬼 周東紋切所の2

【顕微鏡】
頼まれた仕事は絶対に断らない。言葉にすれば極めて単純なことである。だが、何事でも決めたことを守り抜くには大変な努力がいる。

「これ、○月△日までに収めなきゃならないんだ。納期が近いんだけど、紋紙、よろしく」

機屋さんは時折そんな注文の出し方をする。その納期から、織りにかかる日数を差し引けば、紋紙の納期が決まる。

「えっ、たった1日で!」

単純な紋様ならいいが、この複雑なヤツは……。
それでも引き受ける。こちらが期日までに仕上げなければ機屋さんが困る。時には徹夜になる。

「こんな生地を織りたいんだよね」

とサンプルを持ち込む機屋さんもいる。おおむねは一目で

「あ、こんな織り方をしてるな」

と見抜けるが、中には輸入物なのか見たこともない生地もある。さて、これはどんな構造で織っているのか? それが分からなければ紋紙は切れない。

経験したことがない紋様の依頼を

「こんなもの、できないよ」

と断る紋切屋さんもいると聞くが、周東さんは断らない。

まず組織を解明しなければならない。複数の色の緯糸をどう重ねているのか、並べているのか、経糸とどう絡ませているのか。

周東さんは顕微鏡のような拡大鏡を取り出した。生地を下に置いて覗きながら、シャープペンシルの先に針を取り付けた自作の器具で、生地の緯糸を1本ずつほぐし始める。生地を少しずつずらしながらほぐし続け、傍らに置いた紙に織り組織を書き写す。

「いやー、これは凝ってるな。赤い糸の下にオレンジの糸を敷いているよ」

緯糸は普通、1㎝の間に30本前後である。複数の緯糸を重ねているところもあるから、実はもっと増える。柄のあるところはすべて見る。根気が要る。

「これも誰かが糸で作る組織を考えて紋紙を切ったのです。だからできないとはいいたくないし、第一、目の前に現物があるんだからできないなんていえません」

この拡大鏡、1台10数万円もする。

【極める】
どんな注文を出しても、あえて言えばどんな無理難題をふっかけても断らない紋切屋さんは、注文主の機屋さんにとっては実に使い勝手がいいだろう。一方で、それが周東さんの技を、より幅広く、より奥行きのあるものに育ててきたともいえる。

技とは受け継ぐものである。先人たちが築き上げた技の体系を学び、盗み、自分の体に染み込ませる。あらゆるものづくりの世界で、それは数え切れないほど繰り返されてきた。
だが、そこに止まって、身につけた技ではこなせない注文を

「これは無理だよ。できっこない」

とはねつけては、技は歩みを止める。前に進まなくなった技は、やがて世の中と歩調が合わなくなり、いつか無用のものになる。前進は技の宿命である。
あらゆる注文に応じ、身についた技を組み合わせ、工夫を加え、自分で納得できる紋紙を切り続ける。周東さんは期せずして、間口が広く奥行きが深い紋切の技を持つようになったのではないか。

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