金棒と楯を持った鬼 周東紋切所の1

【断らない】
2022年6月に周東紋切所の4代目社長になる周東直樹さんは、紋切の仕事を始めて30年近い。(2022年5月現在)。四半世紀を超えた職人人生に、今でも忘れられない苦い想い出が1つだけある。

「これ、私にはできません」

と仕事を断ったことがあるのだ。この職について10年ほどがたち、脂が乗り切って仕事が面白くて仕方がない21世紀初頭のことだった。

その客は花を描いた水彩画を持ち込んできた。この絵を生地の紋様にしたい。ただ、この絵は多色で描かれているが、生地は白黒の2色だけで織る。紋紙を切ってくれ。
与えられた期限は2日だけ。

一度はその絵を預かった。さて、この淡い色合いで描かれた花を、どうすれば白黒の生地に写し取れるのか。色合いの違いを白黒だけで表現するにはどんな織り方をしたらいいだろう? 周東さんは終日、その絵と格闘した。白と黒だけだから、表現できるのはせいぜい濃淡である。しかし、濃淡だけでこの多彩な花のイメージを表わせるか? これまで身につけてきた技法のどれとどれを組み合わせれば……。

考え、悩み、悶々とし、その結果行き着いたのが、

「これ、私にはできません」

だった。この絵のイメージを白黒で表現する力は、いまの私にはありません。

 「あんたならやってくれると思ったんだがなあ」

その客はちょっとガッカリしたような表情で帰った。悪いことをした。申し訳なかった。これであのお客さんからの注文はなくなるかも知れないなあ。様々な思いが胸をよぎった。だが、そんな後悔を押しのけてしまう思いがあった。

「あの絵を布の図柄にしたらどんな布になるんだろう?」

断った仕事は他の紋切職人の手で形になったに違いない。俺ができなかった仕事を、他の職人はどうやって形にするのか。知りたい。知って自分の技を広げたい。
そう思わせたのは、いつの間にか周東さんの中で育っていた職人魂だろう。

織り上がった布を見せて欲しい。周東さんはその客に頭を下げて頼んだ。

「ああ、これだよ」

と目の前に出された布を見て、唖然とした。

 「えっ、これでいいの?」

実にシンプルに、濃淡で描かれた花があった。形は、なるほど元の絵に近い。だが、あの花が持っていたイメージではなく、上手にアレンジされていた。

「何だ、こんな感じで良かったのか。どうやら、俺は複雑に考えすぎるらしいな」

よし、どんな元絵が来ても、自分の最高の技で、自分が納得できる紋紙を切ろう。自分にできるのはそれが限度。あとは客の評価にまかせればいい。

以来、周東さんは客の注文を断わらなくなった。

  写真:紋切機を操作する周東さん

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