金棒と楯を持った鬼 周東紋切所の1

           紋紙

【紋紙】
織機は経糸(たていと)と緯糸(よこいと)を交差させて布に織り上げる。無地の布なら経・緯に同じ色を使い、一部の経糸を引き上げて出来た隙間に緯糸を通し、櫛の歯状の筬(おさ)で緯糸の密度を整える。
生地に色柄を入れるには、経糸、緯糸に違った色を使う。布の表側に出た緯糸が柄を構成する。緯糸1本ごとに引き上げる経糸を変え、緯糸が何処で表に出るかを計算しながら織る。
かつては人力に頼っていた経糸の引き上げを19世紀初め、フランスの発明家、ジョセフ・マリー・ジャカールが自動化した。ジャカード織機の誕生である。人に代わって経糸を引き上げる指令を織機に出す司令塔が紋紙である。経糸・緯糸の組み合わせ次第で図柄の出来不出来が決まる。つまり、紋紙の出来、不出来が生地の仕上がりに大きく響く。
紋紙は馬糞紙(ばふんし)と呼ばれる厚紙で出来ている。大きさは数種類あるが、多く使われているのは93側(かわ)と呼ばれる縦6.5㎝、横48.7㎝のものと、横が49.5㎝に広がった95側である。93側は12×80=960、95側は12×86=1032の「見えないマス目」があり、穴が空けられたマス目に対応する経糸が引き上げられる。だから、紋紙1枚が制御できるのは緯糸1本の織り方だけ。緯糸30本で1㎝の布が織れるとすれば、この1㎝を織るのに紋紙が30枚必要になる。
複数の色を使う紋様だと、経糸の隙間1つに複数の緯糸が通って重なり合う。どの緯糸を通すのか、通した糸のうち、どれを、どの場所で表に出すのか、その際、他の糸をどう重ねるのかも紋紙からの指令による。1枚の紋紙が制御するのは1つの緯糸の織り方だから、増えた緯糸の分だけ紋紙の数が増える。生地の紋様は同じものが繰り返されるが、それでも1枚の布は少なくとも80枚、多ければ6000枚もの紋紙を使って織られている。
紋紙がジャカード織機に伝える指令は経糸の引き上げだけではない。織り上がった生地を巻き取る巻取機の制御も紋紙の役割だ。また、生地のほつれを防ぐため両端は生地本体とは違う「耳」という織り方をするが、複数の色を使って絵柄を描く場合は数本の緯糸が重なることになる。その重なり方で「耳」も違ってくる。どの織り方の「耳」を使うのかも紋紙が指令する。
さらに、紋紙には「親穴」と呼ばれる、やや大きな穴が3つある。これは織機ごとに場所が違うことがある。同じ紋紙を他の織機では使えなくする「コピーガード」の役割を果たしているのかもしれない。
紋紙を作ることを紋切(もんきり)という。紋切は紙に描かれた2次元の図柄を、場所によって緯糸の重なりが変わり、表に出る糸が変わる3次元の構造物に変換する複雑な作業なのである。

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