灯台下暗し 鍋谷建具点の3

【接着剤】
大澤さんを説得することはできた。仕事は繋がった。
だが、会社に戻った鍋谷さんは、自分が新たな課題を抱え込んだことを知る。柔らかいニャトウでも接着に苦労したのだ。檜はニャトウに比べれば固い。うまく接着できるか?

「木工ボンドで駄目なら、ニカワやエポキシ系の接着剤を使えばよかったじゃないですか」

筆者はそう聞いてみた。言下に否定された。

「刺繍枠は両面に鉋をかけて仕上げます。ニカワもエポキシも乾けばすごく固くなるので鉋の刃がボロボロになります。使えません」

筆者の質問を一知半解の典型というのだろう。

やはり、ボンドを使わねばならない。鍋谷さんは考えた。どこかに解決法があるはずだ……。

ヒントは再び組子にあった。組子細工に組み入れた曲がった桟は、取りはずしても曲がったままである。あ、そうか。湯につけて柔らかくなった檜を曲げたまま乾かせばいいのか。乾いた後でボンドで着ければ問題は解決する!

   自作の管。中に作業途中の薄板が見える。

鍋谷さんは手元にある木材で真円の管を作った。2㎜厚の板を湯で柔らかくし、この管の内側にピッタリ押しつけて乾かす。取り出して4層に貼り合わせてみると、立派に、丈夫な真円ができた。これなら刺繍枠に使える。大澤さんの注文を受けてから2年弱。2021年10月のことだった。大澤さんに認められたことはいうまでもない。

「実は」

と鍋谷さんは語り出した。

   管から取り出した薄板
薄板を貼り合わせるための治具。これも自作である。


「本音を言えば、途中で放り出したくなりました。どうやってもうまく行かない。これじゃ全く商売にならない。でもね、大澤さんっていう方に何かを感じたんです。もう少しお付き合いしてみたい、お手伝いをさせた頂きたいって思って試作を続けたんですよ」

完成したプロ用の刺繍枠を

「売りたい」

という会社が現れた。刺繍糸の専業メーカー、パールヨットである。糸を売っているのだから刺繍枠メーカーを知っているのではないか、との問い合わせがしょっちゅうあるのだ。全国の刺繍のプロは、やっぱり刺繍枠が手に入らなくて困っているらしい。

「やっと商売になりそうです」

鍋谷さんはホッとした表情を見せた。

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