灯台下暗し 鍋谷建具点の1

【職人捜し】
刺繍界で初めて現代の名工になった横振り刺繍作家、大澤紀代美さんが異変に気がついたのは20年ほど前のことだった。桐生最後の刺繍枠職人が高齢のため廃業するという話が耳に入ったのである。

「横振り刺繍はね、枠張りに始まって枠張りに終わると言われるのよ」

枠張りとは、これから刺繍をしようという布を刺繍枠に固定する事である。それでなくても、枠で布をピシッと固定するのは難しい。そして、これから刺繍しようという布の性格を見極めて張り具合をきつめにしたり緩めにしたりしなければ満足のいく刺繍ができないとなれば、どんな扱いをしても枠が思い通りに働いてくれなければならない。

枠職人がいなくなる。それを聞いて大澤さんは、広く売られている枠を買って試してみた。

「もう、全く使いものにならないの。ズルズル滑ったり、ちょっと締め付けると割れたり。そう、枠内を縫い終わると布をずらさないといけないでしょう。外側の枠を少し緩めて布をずらすんだけど、それだけで割れちゃう枠がほとんどなのね」

枠張りに始まり、枠張りに終わる横振り刺繍である。大澤さんは慌てて最後の職人さんに頼み込み、50本の枠を作ってもらった。

桐生の枠職人が作った刺繍枠は、普通に使えば10年ほどはもつ。だから、この50本で、自分が生きている間は枠に困る事はないだろうと思っていた。
だが、それも経年劣化で1本ずつ減っていった。湿度が下がった事に気が付かないまま少し力を入れたら割れる枠もあった。それに、大澤さんには弟子入り志願者が絶えない。頼み込まれて弟子にすれば、技をきちんと伝えるために手持ちの枠を譲ることになる。

こうして、手持ちの枠が20本を切ったのは10年ほど前だった。不思議なもので、同じように作られている刺繍枠にも個性があり、生地によってピッタリ来るものとそうでないものがある。それに一度に10数本の枠に生地を張り、作業することもある。
枠が足りなくなる。これはいけない。横振り刺繍を続けて行くには枠を作ってくれる人を探さねばならない。

大澤さんは駆けずり回り始めた。西に腕のいい家具職人がいると聞けば尋ねて行き、東に上手な建具屋さんがいると聞けば職場を訪れた。曲げわっぱが特産の秋田県なら作ってくれる職人がいるだろうと電話で問い合わせたこともある。最後は、みなかみの奥に住む工芸職人の工房に足を運んだ。

「そんなもの、作ったことがない。私には無理だ」

と断るところがあった。

「やってみましょう」

と引き受けたものの

「どうやっても丸くならないんです」

と謝るところがあった。

ここなら、と思いついたところはすべて回った。何処にも引き受けてはなかった。大澤さんは困り果てた。

写真:大澤紀代美さんと鍋谷由紀一さん

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