刈り取る 蛭間シャーリングの2

【「私、威張るようになりました」】
なぜ事故が起きるのか。それまで蛭間さんは父・清さんと口論しながら様々に原因を考えていた。最終的に行き着いたのがカットするための器具である。これに原因がある!
この器具に並んだ刃は生地とカットされる糸の間に入り込まねばならない。そのため、ガイドとして先端に針金の輪っかがある。お父さんが考案したもので、確かにガイドの役割は果たしている。
しかし、蛭間さんの目には

「まだ突き詰め方が不十分」

と見えた。中空の輪っかのため、作業を続けていると切断されて細切れになった糸がこの輪っかに集まり、綿ごみのようになってくっついてしまうのだ。これが生地に引っかかったり、カット用器具を生地と糸の間に運ぶ邪魔になったりしているのではないか?

(番左が、ハンダで埋めたガイド)

蛭間さんはこの輪っかをハンダで埋めてみた(写真)。中空部分をなくしたのである。

事故率がガクンと下がりました」

次の改良は、カット用器具の取っ手の前後にあった刃を、片方だけにしたことだ。前後に刃を付ければ、動かせば行きも帰りも糸を切ってくれるから効率が上がる。これも父・清さんが考案したものだった。だが、効率が上がる分、事故も増えるとみて片刃にしたのである。これも劇的に事故を減らした。

最後に手がけたのが、刃である。それまでよりずっと高価な、チタンでコーティングされた高級刃に変えたのだ。刃の切れ味がよければ糸を引っかけることもない。切り残しも減るはずだ、と考えたのである。これも効果を挙げただけでなく、刃の持ちがよくなったという副産物までもたらしてくれた。
これだけの改良で事故がほぼゼロになった。

事故率の激減は、単に「罰金」の負担をなくしただけではない。やや大げさに表現すれば、シャーリング業の体質を変えた。

それまでシャーリング業には、納期はあってもないようなものだった。発注主の機屋さんはとりあえず納期は示すが、それより2週間、3週間遅れるのは当たり前の世界だったのだ。作業中に必ずといっていいほど事故が起きるのだから、それはやむを得ない遅れだったともいえる。
それが、事故率が限りなくゼロ。

「納期をきちんと守ることができるようになったんです。作業工程がきちんと組めるようなったと機屋さんから喜ばれました。ええ私、その頃から少し威張り始めました」

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